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2018年12月/2018年11月/2018年10月/2018年9月/2018年8月/2018年7月/2018年5月/2018年4月/2018年3月/2018年2月/2018年1月
2018年12月
11月16日から18日の3日間、バッグの月之さんが営んでいる東京都江東区森下の深川サロンで、
わのわ展を行って来ました。15日に出発して午後に会場の準備をし、18時30分からの浅草公会堂で行われた「いわさきちひろ」生誕100年の前進座公演「ちひろ」を、きもの姿6名で見て来ました。
 会場では昨年、和樂の会に来て頂いた松浦海之介さんが客席案内係をしており「遠方よりありがとうございます」と声を掛けて頂き、舞台では同じく来て頂いた中嶋宏太郎さんや今年5月に国立劇場で行われた“人間万事金世中”の時に開演前に舞台裏を案内して頂き、その後舞台で熱演した新村宗二郎、その舞台のイヤホンガイドの語りをやっていた黒川内雅子さんらの演技を見せて頂きました。新村さん・黒川内さんは5月の時の舞台終了後、コーヒーを飲みながらお話をお聞きしたので、つい贔屓になってしまいます。舞台は1950年(昭和25年)ころの設定で、私が生まれるちょっと前の現代劇です。前進座の公演は縁あって10公演近く見せて頂いておりますが、時代劇から明治初めくらいまでの内容で現代劇は今回が初めてでした。かつらも無く顔の塗りも無く、衣装は時代を感じますが懐かしい程度で言葉も普通、舞台の距離感も近いので顔見知りの役者さんがすぐに分かり、ますます近くに感じることができました。そして公演後、出演者全員がロビーに並んで見送りをしてくれ、3人からはお礼の言葉も掛けて頂きました。タイミングが良かったので来て良かったと思いました。
 この「ちひろ」公演、12月13日(木)長岡市立劇場大ホールで一日だけ行われます。ご都合のつく方は是非見に行ってあげて下さい。

 わのわ展最終日、月之さんのスタッフとちょっと早い忘年会をやりました。会場は伺う度に気になっていた深川サロンのあるビルの一階の焼肉店。深川サロンはその4階にあり、1階の焼肉店がビルのオーナーと聞いていたのですが、月之さんから美味しいともまずいとも聞いたことが無く、近くの何軒かの店には美味しいから行こうと声を掛けられていたのですが、この店だけは何も言いませんでした。今回ここだからと言われ、一番近くに在りながら4年目にして初めて入る店。月之さんに「私たち初めてだね」と言うと、味は最高だけど、年に一回か二回しか入れない高いところとの返事。食べる前から懐が心配になって不安な気分でイザ入店。店内は予約してあったので席はあったのですが、ほぼ満席状態。スタッフの梅根さんが代表で注文を開始、頼む量か多い!一度にそんなに頼むのと尋ねると、出て来るスピードが遅いからまとめて頼まないと口が暇になっちゃうとの事。参加者は6人、乾杯をし、しばらくすると続々と肉がテーブル。多くない?と思っている間もなくどんどん皆の口の中へ。「旨い!」と感激しながら美味しく頂きました。話も弾み楽しく食べて飲んで、これならしょうがないと納得した忘年会でした。
 
 今年最後の東京は、見て、食べて、飲んでの締めくくりでした。肝心のわのわ展はちょっと寂しい結果に終わりましたが、「ちひろ」公演と忘年会は楽しかったです。さて次はわのわ本店での忘年会。皆さ〜ん、計画しますので多くの方のご参加をお待ちしております。
 一年間お読みいただき感謝申し上げます。
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2018年11月
  今、2か月綴りのカレンダーをめくると残り1枚となってしまいました。時の過ぎるのは早いもので、今月・来月で今年も終り、平成最後の年の締めくくりが近づいて来ました。そして私にとって来年は生まれて3つ目の新しい年号を迎えることとなります。年を取ると体の動きは鈍って来るのに、時間の進みは早く感じてきます。これが老いなのでしょうか?
 テレビか何かで言っていましたが、一日の中で初めての体験、経験や感動が多いほど時間の流れはゆっくり感じ、一日・一週間・一か月・一年が長く思えるんだそうです。したがって若い人ほど多くの新しい体験・経験や感動をするので、時の流れをゆるく感じ、老いるほどそれが少ないので立ち止まることがなくなるから、時の流れを速く感じるのだそうです。
と いうことは、私たちももっともっと新しい体験、新しい経験、新しい感動を多く受けることによって若い頃のように一日が充実し、満足に満ち溢れた日々を過ごせるのではないでしょうか?

 平成最後の年ということでちょっと早いのですが、自分なりに振り返ってみます。
 平成を迎えた時は、大正生まれの父と昭和生まれの母・私たち夫婦と長男の5人、その後平成生まれの娘が加わり、しばらく6人家族でした。平成13年に父が亡くなり、5人となり、続いて長男・娘と大学、就職と一人また一人と家族が家から離れ、そして昨年母が施設に入り、私たちは還暦を過ぎ、核家族があたりまえの時代の今、世間並みに2人暮らしの生活をしています。振り返ってみると「まっ、普通ですね。」
 普通でないのが世の中です。私の思うスピードよりはるかに速いスピードで世の中動いています。自動車は、マニュアルからオートマ、そして自動運転へ。以前問屋業が中心だったころ、山形・秋田と出張が多く、その頃はボタン一つで目的地に着けたらなァと思っていました。それが再来年のオリンピックの年には自動運転が実現しそうです。平成初め、携帯電話は契約書や公の書類には電話として認められず電話は固定電話があたりまえ。今は携帯電話どころか、スマートフォンの時代。今、愛用しているものはガラケーと言われ骨董品になりつつあります。変化の速度は昭和が特急列車のスピードなら平成が新幹線、次の年号ではリニアモーターカー級かな?
 
 仕事面でも大きな変化がありました。地方卸売業から小売業への転換です。昭和の終わりに長男が生まれ、子供の為に今まで以上に頑張って仕事をするぞっと意気込んでいた矢先に父が病に倒れ、大きな戦力を失い、急きょ代表者になったものの、業績はどんどん右肩下がり。そして父との最後の相談は地方卸から小売業への転換でした。父も時代の流れを察してか何も言わず了承してくれました。以前も書きましたが、店舗は父が亡くなってから二か月後のオープンで、見せられなかったのが悔やまれます。
 そして年号が変わる今、変化はリニアモーターカー級のスピードに加速するでしょう。どうするの
“わのわ”です。じゃなく、どうなるの“わのわ”かな?もう少し“わのわ”をやって行こうと思います。“わのわ”に付いてこい!ではなく、あなたに“わのわ”が寄り添って行きます。今後もあなたに必要な“わのわ”であることを目指していきたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
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2018年10月
 最近、気分が落ち込んでおります。30年くらい前にある方に言われた言葉が思い出されます。「近い将来、今 形作っている商店街は今の十分の一なり、今の商店街は機能しなくなるよ。」と言われました。その時はそんなことは無いと思っておりました。その話を聞いてから10年・20年と過ぎ、何となくそうなのかなと思いはじめた頃、十日町や京都の問屋から「新潟県で呉服問屋を営むには、3本の指に入らないと無理ですよ。」言われ、現に県内の呉服問屋は3軒だけになっております。そして商店街も言った通りです。
 実は、もう一つ言われていたことが御座います。最近その言葉が気になり落ち込んでおります。それは、問屋をあきらめ“わのわ”として店舗を構えた頃です。「人口10万人以下の市や町には、呉服店が1店舗あれば十分な時代がくるよ。」との事でした。今年になり皆様もご存じの通り、頑張っていた大きい店や百年の年月を越える老舗が次々と無くなりました。そして次はうちかなァと近しいお客様に話すと、「わのわさんは大丈夫だよ。」と励ましの言葉を頂き「ありがとうございます。頑張ります。」と返事をする間もなく「頑張ってね!でも、わたしはきものはもう十分だけど。」や「頑張ってね!わたしはもうきものを買えないけど。」との言葉が大丈夫だよ、の後に返ってきました。え〜!そんな!と思い気分が落ち込んでおります。
 皆様のお力添えでここまで何とかやってこれたのですが、昨年から今年にかけてなんか商店街が変です。というか凄いスピードでお店が無くなっています。以前から商店街には人出が無くなり、人出が無くなると賑わいが薄れ、賑わいが薄れると店は売り上げが減り、売上が減ると店を閉じる。そして商店街は商店街で無くなって行く。今はそんな状況かと感じます。
 
 なら、どうする?と考えても解決策は浮かびません。そして自分を見つめたとき私は私を見て、なんと!気分屋なんだろうと思う今日この頃です。きっと前からそうだったのでしょう。要は単純なんです。単純なだけに、皆様にはご迷惑をお掛けしている事と思います。例えば、売上が無くて困っているときなどは、やたらご案内の手紙を出し、その上電話やメールで「今日から〇〇の販売会が始まりましたので、是非お越し下さいませ。お待ち致しております。」などとしつこく誘ってしまいます。すみません。売上が順調な時は滅多にないのですが、月に一度の“わのわ通信”だけが届く時です。単純でしょう。私はこんな人間です。きっと これからも懲りずに繰り返すと思います。私の一番の活力の源は、皆様にきものを着て頂き、きもの生活を楽しんで頂いて、そして新しいきものを求めて頂くことです。本当に単純ですよね。
 これには皆様の多大なるお支援が必要です。どうかこれからもご協力宜しくお願い申し上げます。

 今回のひとり言は、暗い話になってすみませんでした。
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2018年9月
 皆さんは、自分の思っている事と違うことを言葉に発して、恥ずかしい思いや困った思いをしたことは無いですか?先日の話です。休みの日に美智子さんと映画を見に行った時のことです。その映画館は長岡の日赤病院の近くにあります。車で駐車場に入ろうとした時に、大きなプロペラの回転音がし、低空飛行で日赤病院に向かって行くドクターヘリを見つけました。私は、ドクターヘリを見るのはこれが二回目です。ちょっとだけ子供のように興奮を覚えました。そしてこれから見る映画はテレビで放映されている「コード・ブルー」の劇場版です。そのチケット売り場で発してしまったのです。
 チケット売り場の女の子が、「こんにちは、いらっしゃいませ。本日はどの映画をご希望ですか?」との問いに私は「ドクターヘリ」と一言いうと、女の子と美智子さんが同時に私を見ました。まだ気づきません。後ろにも何人か並んでいたようです。そこでその女の子、ニコッとして「分かりますよ。何時の上映がご希望ですか?」私は何が分かるんだと思った瞬間・・・やってしまった。「コード・ブルー」と言ったつもりが「ドクターヘリ」でした。
 だいぶ前にも宝くじ売り場で、ジャンボ宝くじを購入の際に「連番とバラを10枚ずつ下さい」と言っているつもりが「連番と単勝を10枚ずつ」と言って、売り場の方に「はァ〜。なんですか?」と言われ間違いに気づき恥ずかしい思いをしたこともありました。皆様もご注意を!

 最近、自分が発したことで後悔することが多々あります。今年の4月末に銀座三越に行った時のことです。出店が一週間の長丁場なので、月之さんの紹介で2年前から美保子さんという方にお手伝いをしてもらっています。美保子さんは販売の経験も豊富でお客様のお相手も上手く安心して任せられる方です。打上の時などはお酒も強く、気さくで何でも話せる方です。そんな時に、美智子さんと同い年ということも聞いておりました。それなのに、あるとき一緒に三越銀座店に立っていた時の話です。会話の内容はあまり覚えていないのですが、美保子さんが話の中で「美智子さまと同い年だから」と言った時でした。私が「えっ、美智子皇后さまと同い年!そんなに見えないね?」何も考えないというか、考えなくとも分かることを美智子さま=皇后というだけで発したのです。
 美保子さんからは、何!このバカといった感じで、「社長!なんてことを言うんですか」と一言。
その日は、失礼しましたと謝ったのですが最終まで不機嫌な感じでした。本当に済みませんでした。いったん口から出た言葉は、戻すことが出来ません。言い直しても前の言葉は消えません。こんな私です。皆様に不愉快な思いのする言葉や激怒するような言葉・何も考えずに出るあきれる言葉などご迷惑をお掛けしていると存じますが、馬鹿な奴だと思って聞き流し、お許し下さいませ。

 私の口癖「これが最後かも、もう出来ませんよ」「この〇〇は、作り人もいい人だから安心です」「この価格なら絶対に安いから」「このお値段は今だけです。次回は上がりますよ」など商いでは偽りは申しておりません。近々の情報を皆様に申し上げております。これからも宜しくお願い致します。
今回はなんか変なひとり言になってしまいました。
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2018年8月
 連日の猛暑・激暑の中、皆様如何お過ごしですか?やっと激暑の7月が終わりました。が、夏本番の8月はこれからです。温暖化が身に染みて感じられる昨今です。十分に水分を取り、我慢せずエアコンに頼り、自分を労わってお過ごし下さい。

 今、店には植木鉢に榊が植わっています。この榊、先月まで店の神棚に供えてあったものを植木鉢に移したものです。実はこの榊2年と5ヶ月の間、わのわの神棚に祀られておりました。一対あったのですが、片方が枯れてしまったので片方を植木鉢に移した次第です。
 私は、あまり信仰心も無く、父の代に祀っていた神棚は、フォンジェストリート棟に出店する際に以前の所に祠(ほこら)ごと全て置いてきました。フォンジェストリート棟の10年間、神棚は無く、別に気にもとめていなかったのですが、フォンジェ駐車場棟に来てしばらくた頃、新潟の和genさんに販売の手伝いに伺った時に、四柱推命や手相を行っている結城紫帆さんにお会いして、和genさんの社長と私の前で「前から伺っていて気になっていたのですが、和genさんのお店の神棚はどこにあるのですか?」と問われ、和genの社長「うちの店には神棚はありません。」結城さん「えッ、無いんですか?・・・わのわさんはありますよね?」とこちらを向いて尋ねて来ました。私も「以前はあったのですが、今はありません。」と返すと、結城さん、お店を営んでいるのに神棚が無いと・・・。
 後日、和genさんとうちで伊勢神宮に正式参拝に行ったとき、一緒に神棚の祠を求めて参りました。以後毎日(出来るだけ)神棚に向かって二礼二拍手一礼を行っております。ある時またまた結城さんが「榊は私たちの願いを神様に伝える窓口」みたいなことを言っていました。

「榊」を調べてみますと
榊という漢字に注目してみると、『木』と『神』を合わせています。すなわち榊は神道において、神と深い関わりのある樹木ということ。日本では古来より植物や先端が尖ったものには、神様の力が宿ると考えられていました。榊は神籬(ひもろぎ)、つまりは神様が降り立つ依り代としての役割もあるようです。以上のことから、神聖な植物とされた榊の枝葉は、神事や神棚にも必要となるのです。ちなみに、常に生い茂っている樹木であるため『栄木(さかき)』、もしくは、神と人との境界を示す意味もあるが故に『境木(さかいき)』という言葉から転じたなど、その語源には諸説あります。
と記されています。

 榊は神が降り立つ依り代としての役割があり、榊が無いと神がうちの祠に降りて来れないと大変ということで、その後毎月一日と十五日の月に2回榊を取り換えて参りました。あるとき榊を一対貰い受け、早速神棚に祭りました。そして一日・十五日と榊を替えようとするのですが、元気なので次替えよう次替えようとしているうちに2年5ヶ月が経ってしまいました。
 植木鉢の榊、この暑さで元気がありません。とても心配です。将来わのわのご神木?になって欲しいと思って育てております。水だけで2年5ヶ月生き続けた榊に会いに来てください。
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2018年7月
 6月号の「わのわ通信」をお届け出来ず、誠に申し訳御座いませんでした。
重ね重ねで申し訳御座ませんが、今月(7月)号からの「わのわ通信」は毎月5日の発送とさせて頂きます。宜しくお願い致します。

 私事ですが、4月の後半から6月の中旬まで卸の仕事で飛び回っておりました。そんな中、商品の補充や確保で十日町・小千谷へ出向くことが多く、行くたびに作り人や産地問屋の窮状を知ることとなりました。例えば、産地問屋筋では塩沢御召・夏塩沢・塩沢紬が品薄状態で作り人に生産をお願いすると、絣を括る人や織り手不足で今が手いっぱいの状態とのこと。新しく発注をお願いすると、長いもので2年から3年先の納品という返事が来ることもあるそうです。そして納品価格もその時になってみないと分からないとのこと。まったく先が見えないと産地問屋は嘆いておりました。
 今申し上げた通り越後三大産地の中でも、塩沢が深刻な状態に陥っております。後継者不足ではなく後継者がいない状態で、携わっている人の高齢化がものすごいスピードで進んでいるのです。遠くない近い将来塩沢産地は、大変なことになると思っている関係者は少なくありません。この状況を小売店さんに言うと「え、そんな状況なんですか」くらいの返事しか返って来ません。将来塩沢の織物が売れなくなるかも知れないのに、我関せずみたいな態度です。塩沢だけではありません。十日町も小千谷もそして全国の織物が同じような状況にあります。先の無い暗い話になってしまいましたがこれが現実です。
 
 ここからは、ひとり言ではなく商売の話です。
7月11日(水)〜16日(月)と7月19日〜23日(月)の期間、先に申しました品薄の塩沢御召を数は少ないですが販売会を行います。塩沢関係の織物は先月6月に価格が上がったのですが、この期間は上がる前の価格にての販売です。まだお持ちでない方は、新潟県の代表的な織物を一つ手に入れてみては如何でしょうか。また、すでにお持ちの方は塩沢の良さを御存じと思いますので、単衣をお持ちの方は袷を、袷をお持ちの方は単衣を、薄地色をお持ちの方は濃地色を、濃地色をお持ちの方は薄地色をお求め頂ければ幸いです。お越しを心よりお待ち申し上げております。商売の話でした。

 先日思いがけない人から電話がありました。以前取引のあった京都の問屋の社員だったMさん。大変お世話になった方でしたけれど、退職されて10年も経つのに突然の電話。一瞬誰かと思ったのですが、名乗られて直ぐ思い出せませんでした。声にだんだん記憶が蘇って参りました。懐かしくって電話をくれたそうです。退職されて10年も経ってから声の便りを頂くのは初めてのことでした。思い出して頂いたことに感動してしまいました。
 あの頃、宮川さんは当店の他に市内をもう2店舗担当しておりました。その2店舗は今年無くなったと話すとビックリしていました。そうだと思います。うちが最初だと思いますから・・・。他愛もない話をし、最後に「頑張って下さい。」と電話が切れました。わのわを思い出してくれてありがとう。その後少しの間、あの頃のことを思い出しました。仕事を辞めてもうちのことを思ってくれている人がいるかと思うと、もう少し頑張ろうと思います。
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2018年5月
 久しぶりに「きものdeおでかけ」の呼びかけで4名の参加者と共に、あいにくの雨の中、笠島の「海辺のキッチン倶楽部もく」と、最近リニューアルを行った「柏崎市立博物館」に行って来ました。
 6名という人数と走行距離も短かったので私の車とお客様に一台お願いして、お昼ちょっと前に最初の目的地「海辺のキッチン倶楽部もく」に到着するよう出発。

 「海辺のキッチン倶楽部 もく」のオーナー、黒崎朝子さんは、以前から“わのわ”のお客様で、“もく”(略させて頂きます)をオープンさせたことも存じておりました。前に黒崎さんが来店して下さった時に、黒崎家の所有の蔵を改装して“もく”をオープンさせたと聞いておりました。その時に黒崎さんが「笠島の田舎料理を出す店なんです。」と一言。私はその言葉を鵜呑みにして、田舎料理か・・・。私は隣り駅の鯨波の人間、距離にして4〜5キロ位。わざわざ食べに行くことも無いかなァと思い、“もく”の噂はいろいろ耳に入って来ていたのですが、さほど関心もなく(黒崎さんには申し訳ないのですが)聞き流すだけのことでした。
 そんな思いで到着した“もく”。お店は笠島駅から数十メートの距離のメインストリートに面しております。中はこじんまりとしていて、8人くらいで満席の感じです。今日は無理を言って6名で貸切にして頂きました。店内は人の手をあまり借りずご主人と二人で改装したということで、手作り感が至るところに出ていて何となく懐かしい雰囲気がありました。もともとの蔵は2階があったのですが一部をロフト風に残し、私たちの座る座席の上は屋根裏まで見える高さがあり、解放感あふれる作りになっています。
 一息つくと黒崎さんの「料理を出させて頂きます。」の掛け声で、本日仕事がお休みのご主人とでテーブルの上に料理が並べられて行きます。見た目の感想は、やっぱり田舎料理だと思いました。料理はご飯・みそ汁を入れて7〜8品。料理の評価は評論家ではないので申しませんが、個人的には大変おいしかったです。黒崎さんは自分のアレンジの味ではなく、食べ継がれて来た地元の味を求めて、諸先輩にところに足を何度も運んだのだそうです。その努力は、ひとつひとつの料理に込められていると思いました。そしてたった数キロの離れただけなのに、こんなに料理が違うことにも驚かされました。自分の思い込みだけで近くにある良いところを見逃していたのです。良いか良くないかは自分の足で出掛けてみることです。近ければ行って見て納得できます。是非皆さんも「海辺のキッチン倶楽部 もく」、お出掛けになってみて下さい。
 
 お腹を膨らませて、リニューアルしたばかりの「柏崎市立博物館」へ。2時からのプラネタリウムの鑑賞からスタートです。リクライニングする椅子の心地良さに、星の観察よりも眠気が勝り、夢心地になってしまいました。
 博物館も何十年ぶりかの入館です。子供を連れて来た記憶だけで館内の記憶はゼロです。ここは「きものdeおでかけ」なのにお昼を食べて解散では味気ないと思い何となくプラスした場所で、昔の博物館を思い期待は余りしておりませんでした。でもせっかくなので、事前に博物館館内の案内をお願いしたところ、団体でもないのに館内説明時間1時間ということで快く受けて頂きました。
 終わってみたら館内説明に2時間近くも費やしていました。皆さん、これは何を意味するのでしょうか?久しぶりの博物館、時間を忘れるくらい楽しかったのです。やっぱり地元の博物館、少しでも柏崎に住んだことのある方なら、行ってみて下さい。懐かしいことがいっぱい詰まっています。そして新しい歴史の発見もあるかもしれません。近くです。行って見ても損は無いと思います。新しい発見をしてみて下さい。そしてお勧めの所があったら教えて下さい。ご連絡お待ちしております。みんなで「きものdeおでかけ」してみませんか?
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2018年4月
形あるものは、いつか壊れる。わのわの看板人形が壊れてしまいました。2月のある日のことでした。中越沖地震の年に、NPOの仲間と博多に行った時に寄った博多人形の工房で「わのわさん。わのわさんがここにいるよ」と声を掛けられ、行って見ると私にそっくりという人形が、何体か並んでいました。そのうちの一体を購入し、前掛けの所にわのわの文字ををいれて頂きました。名入れのために持ち帰ることが出来ず後日発送となり、看板人形は中越沖地震を免れました。私たちと一緒に帰っていたら、あの時に右の写真のような状態に。
あれから10年を超える年月、店に立って私たちを見守ってくれていたような気がします。ありがとうね。
 わたしも親父の後を継いで二代目。看板人形も二代目が出来て参りました。4月6日私の64回目の誕生日にお披露目をさせて頂きます。是非、皆様二代目看板人形に会いに来て下さい。この日の夜は“一品持ち寄りの会”が行われます。多くの方のご参加をお待ちしています。そして64回目の私の誕生日もお忘れなく。
 3月6日に群馬県高崎市に桑の木の植樹に行って来ました。全国に胴裏などの裏物を卸している裏地問屋の株式会社 絹小沢の勧めで新潟市の和genさんと植樹して来ました。絹小沢の社長は、日本蚕糸絹業開発協同組合理事長を兼務しておられ国産繭の再興に力を注がれています。植樹は何年か前から行われていたのですが、都合が合わず私たちは今日になってしまいました。
 何も用意せず行ったのですが至れり尽くせりで、軍手・スコップ・長靴と全て準備をしていただいての桑の木の植樹でした。ひとむねに十数本の苗木を植えるのですが、簡単そうに見えて思った以上の重労働。
 これからこの苗木を管理して下さる糸井文雄さん(右端の写真の一番左の方)が真ん中の写真のように苗木を植えた先から根元を斜めに切り、切った苗木を横に挿すのです。せっかく植えたのにと思い、なぜ?と尋ねると 植えた後すぐに、野生の動物が出てきて苗木を食い荒らすのだそうです。昔からの知恵でダミーの木を荒らしている間に本体は根付き育つのだそうです。そして早ければ、今年の秋にはカイコにやれる桑の葉が取れるそうです。
 糸井文雄さん(78歳)は、国産繭の3分の1を生産し、全国有数の養蚕県として知られる群馬県在住で、ここでカイコを育て続けて40年が過ぎたそうです。そして昨年、収穫量全国1位なった方です。そんな糸井さんに私たちが植えた桑の木の管理をお任せし、カイコを育てて頂けることは大変嬉しいことです。
 この桑の木の植樹は、これからも続けて行くそうです。来年は皆様も一緒に植樹に出かけてみませんか。そして国産繭の再興に細やかでも手助けになればと思います。
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2018年3月
 ドーピング問題でロシアの参加停止・史上初めての極寒の地ピョンチャンでの開催・そして絡めてはいけない国際政治までもが露骨に見えたオリンピック。どうなることかと思っていましたが、大事なく無事、閉会式を終えました。
 私にとってこのオリンピックは、「そだねー」で始まり「そだねー」で終わりました。カーリング。競技としては知っていたのですけれど、100分の一秒や1000分の一秒の速さを競う競技でもなく、距離を競ったり、芸術点や技術点を競うでもなく、1ゲームの時間も長く、他のゲームにはない、ゲーム中に先攻・後攻の取り合いをし、黙々と氷の上に石(ストーン)を滑らし妨げるために石を置いたり、石に石を寄せたり、石に石を当て移動させる競技、そして開会式から閉会式直前まで長丁場、あまり興味をそそられる競技ではありませんでした。
 今回、そのカーリングに見入ってしまいました。黙々と行う競技かと思っておりましたら、競技者一人一人にマイクが付けられ、その声が拾われてテレビから流れるのです。そして我が日本女子チームから再三聞こえる「そだねー」。最初は気にも留めていなかったのですが、みんなで氷の状態を読みストーンの速度や回転を考え、どのような位置にストーンを置くか決める真剣な会話の中での「そだねー」の声。ついつい私までが、その中に参加しているかのように「そだねー」と言ってしまい、一緒に競技を行っている気分にさせてもらいました。
 他の競技は、一緒にというものではなく、速さや距離・技術と人間業の究極の競い合い、自分が行っている気分や参加する気分という感覚で見るものではなく、私はその技に感動し応援するだけです。「そだねー」の一言で何となく、出来っこないのですが、ストーンの速度や方向を考えて投げられそうな気分になってしまっていました。
 ピョンチャンオリンピックのオールジャパン、特に女子の活躍凄かったです。素晴らしい感動を頂きました。ありがとう、ご苦労様でした。

 23日〜25日まで、東京・深川に出稼ぎに行って参りました。会場はバッグでお馴染みの月之さんの工房です。お世話になっている月之さんの発案で、24日の土曜日に月之さんのお客様と工房から一駅離れた地下鉄大江戸線・清澄白河で集合し、近くを散策しながら歩いて工房へ戻るという「ぶらり深川」的な散策を総勢10名できものを着て行いました。
 駅集合が11時。数分歩くと、小さな駄菓子屋みたいなお土産屋。店の中は3〜4人しか入れず、後は外。晴れていて良かった。有名なお店でお客も引っ切り無しで来店。外に溢れていました。帰りにまた寄ってみると、はっぴを着たおばちゃんから手作りみたいなちょんまげのかつらにはっぴを着たおじさんに代わっていました。よく見ると、テレビで見たことがあるおじさん。このお店、ほんと有名なんです。
 昼食は深川めし。深川めしとは、あさりの入った混ぜご飯。何軒かある中から月之さんお勧めの一軒へ、出てきた深川めし、ご飯が見えないくらいのあさりが上に、量も軽くご飯茶碗に3杯くらいのどんぶりに入って来ました。テーブルには、おにぎりにして持ち帰れるようにラップが用意してありました。食後は、深川江戸資料館へ。江戸時代の深川の長屋や店が並ぶ町をリアルに再現していて、長屋や店にも入れて写真撮影もOK。展示場には、数名の解説ボランティアが待機していて当時の生活ぶりなどを紹介して頂きました。工房へ向かう道筋には、大鵬部屋など相撲部屋がいくつか点在する地区があったり。月之さんお勧めのスポットは、松尾芭蕉が奥の細道に旅立った出発点。そこには芭蕉の像が立っていて、そこから眺める現代の川と向かいに立ち並ぶビル群が、芭蕉の時代とのギャップを想像させてくれました。 4時間弱のぶらり深川散策、とても楽しい時間でした。出来ましたら、皆様とご一緒に行きたいなァと思いました。 
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2018年2月
 大雪・・極寒の続く日々の中、皆様いかがお過ごしでしょうか?
 一月は本当に大変な日々が続きました。皆様にお越し下さいとも言えず、ただ店でお待ちするだけでした。今にも落ちて来そうな灰色の空に向かって恨み辛みを言っても、かえって自分が惨めになります。冬はやっぱり好きになれません。あと少し我慢すれば春が来ます。皆さん、あと少しですよ。
ちょっと愚痴ってしまいました。

 ここ数年、正月明けに東京に行っております。京都の製造元や問屋が日本橋の某ビルで初売りを行うので京都まで行かずに東京で多くのお店の商品を一度に見られるので恒例になって来ました。それと今年は、日本橋三越の“日本の職人 匠の技展”を見たかったり、横浜に住んでいる娘がやっと卒業を迎える予定となりましたので、娘の所から近い鎌倉に行きたく、ちょっと長めの正月休みを東京・横浜で過ごしてきました。
 毎年小千谷縮中心に展示販売会を行う日本橋の“ブリッジにいがた”の裏にいつも行列のできるお店があります。そのお店は、風向きによっては“ブリッジにいがた”の前までゴマ油で揚げた天ぷらの臭いを漂わせてくる天丼の“金子半之助”です。“ブリッジにいがた”に出展中は、時間に余裕がなく行けないのですが、今回、初チャレンジをして参りました。
 この日の東京は今にも雨が降りそうな曇り空、柏崎ほどではありませんが東京も冬、寒かったです。
そんな中、並ぶこと二時間半 身も心も冷えきってやっと一階のカウンター席に着くことが出来ました。そして待ちに待った金子半之助の天丼が右の写真です。待たされて
腹も空いていたのですが、心底旨かったです。高級天ぷら店に行けば
これ以上の天ぷらは食べられると思いますが、お値段はこのボリュームで
なんと950円。これは並ぶ価値はあります。
 皆様も東京日本橋にお出かけの際は、是非お立ち寄りください。お勧めです。
 帰る日が、1月8日の成人式の日でした。朝テレビから耳に入って来たのがご存知の式典に着る振袖が無いという出来事です。テレビを見ると、店舗の前や着付け会場となっているホテルの前で途方に暮れている母と娘や友達同士が映っていました。内容につきましては、日々マスコミが流していますので割愛させて頂きます。
 帰りは私鉄から横浜でJRに乗り換えるのですが、時間的に昼頃でしたので駅の構内には振り袖姿の成人が多く見られました。そんな一生に一度の大人への第一歩を踏み出す記念すべき晴れの日を、台無しにした“はれのひ”という業者の犯した行為は、許しがたいことです。
 新しい年を迎えて、もっともっと多くの方にきものを着る楽しみの輪を広げて行こうと誓ったばかりなのに、こんなことが起きてしまったことが残念でたまりません。
 新年早々から、ひとり言が愚痴で始まり愚痴で終わってしまい申し訳御座いません。
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2018年1月
 「あけまして おめでとうございます」とは申しましても、今は師走の29日の午前です。真紀ちゃん(わのわ通信の制作をお願いしている人)に提出する刻限が今日の午後2時、いつももう少し前からと思ってはいるのですが、毎月こんな状況でひとり言を書いております。計画性の無さを反省致しております。
 改めまして、初春の慶びの日をお迎えのことと信じて、
 あけまして おめでとうございます。本年も皆様が健康できものを着る楽しみが数多くありますように、そして皆々様のご贔屓とご愛顧を賜り、きものを着る習慣を定着させ、きもの を着る楽しみを皆様とご一緒に広めて参りたいと思っております。本年もわのわを宜しくお願い申し上げます。

 思っていることが御座います。近年、季節や行事と期間限定の きもの や帯が以前より多く製作されているような気が致します。少しずつですが、皆様にご紹介する頻度も多くなったように思います。ご覧いただくと、第一声が「いいね。でも着る時期が限られるし、期間も短いでしょ。」とのこと。私もお客様と同様、「そうですよね。期間が短いからね〜」と口籠ってしまいます。ちょっと考えてみて下さい。期間は短いのですが、四季やハロウィン・クリスマスなど行事は毎年やって来ます。例えばあまり季節にこだわりのない きもの を求めたとします。季節に関係ないからと年に何度も袖を通して頂けますでしょうか?それより期間限定の きもの は、その時が来るのを楽しみに、そして一年に一度は絶対に着てあげるんだという気持ちになれば、着る楽しみが増し、〇〇さんのこの きもの、見るのが毎年楽しみと言われれば、季節や行事限定の きもの もありではないかと思います。本年はこればかりではなく、少しこだわりのある きもの や帯をご紹介できたらと思っております。

 先日、フリーのお客様にご来店頂き、手拭いを見ていた時「手拭いってこんなに高いんですか?」とのこと、私は「はい、仕入先が何社かありましてお値段もバラバラですが、全国共通のお値段になっております。」お客様「そうですか。でも高いなァ。また来ます。」とお帰りになりました。そんなに高いかなァ、普通だと思うんだけど・・・と思っていたら、久しいお客様に「100円ショップでも手拭い売っているよ。それから見ればわのわさんのは高いと思うよ。」とのこと。これからはもう少し丁寧な説明をしなければと反省しました。

 よく わのわ は敷居が高いとか値段が高いという声が、廻りまわって聞こえてきます。皆様もそう思っていますか?敷居が高い?意味が解りません。と思っていたのですが、ある方が「私も、最初はそう思っていて 一歩入るのに勇気がいったのよ。」とのこと。値段についても「高いのばっかりで手も出ないわ」との声もあります。今年は、常連の客様とこのことについてご意見やご感想を頂き、気楽に入れて、値段のことも相談できる店づくりをしていこうと思っております。店にお立ち寄りの際や一品持ち寄りの会の時などに大変恐縮ではございますが、忌憚のないご意見をお聞かせ下さいませ。宜しくお願い致します。
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